コンサルティング営業をする上で、財務諸表(決算書)から分析すべき主な項目は次の4つです。
- 安全性
- 収益性
- 効率性
- 成長性
今回の記事は、財務諸表から安全性を分析する手法をお伝えします。
ただ分析する手法だけでなく、銀行などでよく使用される指標の見方や考え方についても私見を述べます。
せっかく分析したのに間違った判断をしてしまえば実態把握どころか、取引先の破綻に繋がりかねません。
ぜひ、この記事で学習してください。できるだけ、簡単に説明します。
次のような方が読めば、経営分析の理解が深まります。
- 新入行員
- 法人担当になったばかりの銀行員
- 融資の判断能力を高めたい人
- 取引先の実態把握をしたい人
本記事は長期の安全性分析についてです。
短期の安全性分析については関連記事をご参照ください。
コンサルティング営業をする上で、財務諸表(決算書)から分析すべき主な項目は次の4つです。安全性収益性効率性成長性今回の記事は、財務諸表から安全性を分析する手法をお伝えします。ただ分析する手法だけでなく[…]
安全性とは
安全性とは次のことを意味します。
■万が一の場合に備え、資金的な余裕がある状態
信用取引とは
この世の取引がすべてカネで決済されていれば、安全性は現金や預金の残高だけで判断できます。
しかし、現実の取引では「信用取引」で決済されることがほとんどです。
「信用取引」とは次のようなものです。
販売先への売掛金や受取手形
仕入先への買掛金や支払手形
銀行からの借入金 など
安全性は「短期」と「長期」で考える
取引先の安全性を判断する際には「短期」の支払い能力と「長期」の支払い能力に分けて考えます。
理由は支払いには短い期間で支払わなくてはいけない債務(買掛金など)もあれば、長い期間をかけて支払わなくてはいけないもの(工場などを建設した際の借入金など)もあります。どちらも支払わなくてはいけませんが、分析する上では分けて考えたほうが、取引先にアドバイスがしやすいです。
安全性は「短期安全性分析」と「長期安全性分析」に区分して考えましょう。
長期安全性分析とは
短期安全性分析が、資金繰りなど短期での支払い能力を把握するのに対して、長期安全性分析は取引先の財務基盤を把握するための手段です。
企業などが安定経営するためには、景気の変動や新型コロナのような予期せぬ事態に対して、強固な財務基盤を築き上げることが必要です。
そのため長期安全性分析の役割は大きく2つあります。
2.資本構成の分析
資金調達とは
資金調達とは、どうやって使えるカネを手に入れるか?ということです。
他人から借りてくる ▶他人資本
自分たちでカネを作る▶自己資本
運用とは
運用とは、自分たちでカネを作り出していく手段です。
例えば、モノを売ってその差益でカネを作る、工場でモノを作って売ってカネを作る、土地を売ってカネを作る、株式を売買してカネを作る、様々な手段がありますが、ようするに「商売の方法」ということです。
調達してきたカネを、どのように使うか?ということです。
資本構成とは
資本とは、使えるカネのことです。
資金調達のところでも書いたように、使えるカネは他人から借りてくるか(他人資本)、自分たちで作るか(自己資本)ですが、もし他人から借りてきたカネしか使えなかったら、どうでしょうか。おそらく、他人にカネを返し続けるために働くようになります。
逆に自分たちで作ったカネで商売するのはどうでしょうか。一見、安全性が高いように思いますが、もし目の前にビジネスチャンスが転がっていても、自分たちのカネが足りなかったら、手を出せません。いわゆるチャンスロスです。機会を失い続ければ、ビジネスも継続しません。
このように、どちらを主体にしても正解はありません。ただ、バランスを取って使えるカネを増やしていけば、他人にカネを返し続けることもなく、ビジネスチャンスも逃しません。
この他人資本と自己資本のバランスを資本構成といいます。
長期安全性分析の必要性
固定資産(土地や工場、店舗など)へ投資したカネを回収するのには、時間がかかるのは想像できると思います。
なぜなら投資する金額が大きくなるからです。そのため短期間で回収することは難しいです。
固定資産への投資を短期に返済義務がある流動負債で賄うと、当然ミスマッチが起こり資金繰りが厳しくなります。
固定資産への投資は返済義務のない自己資本か、あるいは長期に渡って返済ができる固定負債で賄うほうが楽ちんです。
その固定資産への投資とのバランスがきちんと取れているかを判断するために長期安全性分析が必要です。
長期安全性を分析するためには下図の④⑥⑧をチェックしましょう。
固定長期適合率
大規模な投資を⑧自己資本だけで賄える取引先は限られます。
そこで銀行からの借入金など⑦他人資本が必要になります。
ただ、⑦他人資本の中でも、短期での返済義務がある⑤流動負債で調達してしまうと、「返して、借りて」を繰り返してしまいます。
結果的に取引先は資金繰りの中から返済しないといけなくなり、安定経営ができなくなります。
そのため、⑦他人資本の中でも返済期間が長期の⑥固定負債を利用してもらうべきです。
この関係を判断する指標が固定長期適合率です。目安は100%以下といわれています。
100%を超過している取引先には、それを改善する提案を考えてあげましょう。
固定長期適合率が100%を超えている場合
固定長期適合率が100%を超えていれば、短期間で返済しなければいけない流動負債が使われていることが明らかです。
下図で説明します。
下図の会社の固定長期適合率は何%でしょうか。
答えは133%です。仮にこのような取引先があれば、資金繰りは非常に厳しいでしょう。
なぜなら返済義務のない自己資本と、返済が緩やかな固定負債だけで固定資産が賄われていません。
短期間で返済しなければならない流動負債の一部が固定負債に使われています。
資金調達と運用のバランスが悪い、ということです。
固定長期適合率は100%を下回るべきですが、一般的には70%程度が理想ともいわれています。
もし取引先で100%を超過しているのであれば、他人資本の組み換え(短期借入金を長期借入金に組み直す)や劣後ローンなどを提案してみましょう。
▶融資相手から高い金利収入を得られる代わりに返済順位が低い(劣後する)ローン。 万が一、取引先が倒産した場合は、債務を全て弁済した後、資産が残っていれば劣後ローンの返済に充てられることになります。 取引先が債務超過である場合は返済されない可能性が高くなることから、株主資本に近い金融商品です。
D/Eレシオ(有利子負債比率)
有利子負債は、金利を支払う必要がある負債です。例えば銀行からの借入金や、社債などです。
この比率が高ければ利子をつけて返済しなければいけない借入金が多いということです。
もし金利が上昇局面に入ってしまうと、金利以上に稼げない限りは赤字になる確率が高まります。
つまり経営基盤が不安定な状態ともいえます。
D/Eレシオの目安は特にありません。
ただ100%を超えるということは、仮に取引先が倒産などした場合に清算価値(会社の資産などを全て処分して残る価値)でも返済は出来ない可能性があります。
D/EレシオのDはDebt(負債)、EはEquity(株主資本)の略です。
ちなみに計算式を覚える場合に、D/Eレシオの呼び方のほうが私は頭に入りやすかったです。
自己資本比率
取引先の安全性をみる上で、一番分かりやすい指標が自己資本比率です。
自己資本はその名のとおり、自分たちで調達したカネです。
つまり、自己資本は誰かに返済する義務は無いカネです。
そのため、この比率が高いということは安全性が高いということになります。
目安は業種や業界によって異なりますが、概ね30%以上といわれています。
自己資本比率ばかり高めてよいのか?
しかし、重要なのは安全性が高ければビジネスとして本当にいいのか、ということです。
このことを銀行員の皆さんに知っておいてほしいです。
長期安全性の分析の役割のところでも書いたように、自己資本比率が高すぎても、新たな投資機会を失う可能性があり、成長には繋がらないかもしれません。
ライバル企業が他人資本の力で、どんどん新たな投資をしていく中、コツコツと安全性を高めたからといってビジネスに打ち勝つことが出来るかは不透明です。
ようするに自己資本比率にばかり固辞してしまうと、成長できないリスクを抱えるということです。
そこで必要になるのが「財務レバレッジ」という指標です。
財務レバレッジ
レバレッジとは「テコの原理」の、あのテコのことです。
借入金や社債など、他人資本をテコにして自己資本の何倍の資金を運用しているかを示す指標です。
計算式からも分かるように自己資本比率の逆数になります。
財務レバレッジの指標から取引先に提案できる
財務レバレッジを高め(他人資本を増やす)、運用資金を増やすことで、事業規模の拡大につながる可能性が増えます。
上図で示したように、本来使えるカネは他人資本と自己資本合わせて1,000だったA社が、新たな借入金による調達で事業へ投資できます。
自己資本が積み上がってから投資をするのも間違いではありませんが、タイミングを逃したら意味がありません。
財務レバレッジを上手く使えば、取引先の事業規模拡大を手伝うことになります。
財務レバレッジの注意点
しかし、財務レバレッジ比率が高くなりすぎると、景気悪化などによる抵抗力が弱まります。
自己資本比率が下がるため、安全性への懸念が心配されるかもしれません。
金利の上昇にも注意が必要です。他人資本のうち、有利子負債が増加することは金利負担も上昇することに繋がります。
■財務レバレッジ比率が高くなれば、自己資本比率は下がるため安全性は低くなる
■金利上昇などによるリスクは高まる
銀行にとっての長期安全性分析の必要性
取引先の長期安全性を分析するのは、経営のリスクを計るためです。
日本では利益を出している企業こそが正義という風潮があります。
しかし短期安全性分析も長期安全性分析も、使用した数字は全てBS(貸借対照表)から引っ張った数字です。
つまり儲かっている企業が必ずしも安全というわけではなく、資本の調達と運用のバランスが取れている企業こそ安全ということです。
ただ、財務レバレッジでも述べたように過度の安全性重視も問題です。
企業の成長を手助けすることが銀行の役割です。
資本の調達と運用のバランスをうまく取りながら経営してもらうアドバイスをしていきましょう。